ちょいと昔、雑誌「wired」の誌面でレイ・イナモトさんというクリエイティブ・ディレクターの話を読んだことを思い出した。「広告の未来は広告でない」という話。

http://wired.jp/2012/11/29/reiinamoto/ 

コンピューターが進めば進むほど、自分の手にする体験や肌感が大事になってくる。
見たいモノ、欲しいモノは、ネット検索ですぐに視覚には届くが、なにか消化不良、手に入れたときの感覚が欲しくなる。

すると、デジタルの未来はアナログに価値が生まれる、メディアはプロダクトにとって代わる。
そして、ブランドの物語(ストーリー)よりも、ブランドが持つ行為や行動に重きを置かれる….なんてことが書いてあった。

たしかに、頷けた。  最近担当する仕事は、肌触りや体温、直接の体験価値が益々求められてくる。エクスペリエンスな事起こし。実体なき購買は、心にこない、愛着が生まれない。

大前研一氏が行っているが、いまの日本は「低欲望社会」。いくら金利を下げても、銀行からお金を借りる人も少なくなった。つまり、みんな欲しいものがなくなってきたのだ。意地でも欲しいものが少なくなったのだ。だから経済が回らない。

景気が上向かない。広告屋は「素敵な未来」をプロパガンダして経済効果を生み出さないといけないのに、ターゲット心理をついていない旧来依然の作法で仕事をしてもダメ。

ましてや、様々なメーカーが手軽なアイデアで新商品やサービスもつくってもヒットは生まれない。

生産と消費。もう一度、この普遍回路になにが必要か、何が足りないのかを、広告屋の僕らもとことん考えないと明るい未来は見えてこないかも。